シングルマザー ナナナ の転職いろいろ日記

調停・裁判を3年、シングルマザーになって4年。離婚やら転職やらいろいろ。

離婚のきっかけ【4】

上司に、「命の危険を感じたらすぐに連絡すること」と言われて、初めてDVには命の危険が伴うことがわかった私。

このように、振り返ってたびたび感じることは、「正常な思考回路が死んでいたこと」。

暴力を受けると精神を守ろうとする防衛本能が働くのでしょうか。

 

いずれにせよ、年末年始のお休みは暴力を受けることなく終わりました。これは奇跡に近いことだったなぁ・・・。

 

仕事始めの1月4日に出勤し、その時にも上司に暴力の有無を確認されました。無いことを伝えると、ホッとした様子。本当に心配してくれていたのですね。ありがたいことです。

 

その日、お昼休みに上司に散歩に誘われ(散歩が好きな上司でした)、散歩中に「暴力について、保健師に相談してみよう。プロだから私より頼りになるし。」と言われました。

正直、ピンときませんでした。

どうしてピンと来なかったかというと、私自身が夫の暴力についてどうしたいかがわかっていなかったから。

漠然と「夫のDVがいつか無くなる日」を待っているような感じでした。

その日がいつかなんてわからないから、それまでただひたすら耐えるしかない。私の気持ちはその程度のものでした。

だから、保健師さんになにを相談していいかわからなかったんです。

でも、信頼できる上司がそういうなら・・・という程度で、保健師さんに会い、最近のありのままの日常を話しました。

上司に話したのと同じように。

しっかり、時々質問をされながら、きちんと最後まで聞いてくれました。

上司に話したこともそうですが、私にとって保健師さんに話をしたことも、その後の人生に大きな変化をもたらしました。

 

保健師さんは最後まで私の話を聞くと、

 

「とにかく子どもの事を守らないとね」

 

と、言いました。

子どもは暴力を受けていないし、子どもの前では暴力を振るわれていません。と、答えると、一緒に住んでいるのだから寝た後だろうがなんだろうが子どもは気がついている可能性があるし、今後は子どもの前でも暴力を受ける可能性が出てくるから、とにかく子どもをまもることを優先しようと、言われました。

でも、私には具体的にどうしてよいかわからず・・・。

そして、私は残業をすると殴られるので、あまり時間がとれないこともあり、この日はこれ以上の話をすることは出来ませんでした。

残業をすると殴る、出かけると殴る、行動を制限するのもDVのひとつですね。

おかしいとわかっていながらも、身を守ることに必死で、夫のいう事をひたすら聞いている日々でした。

離婚のきっかけ【3】

夫からの日常的な暴力を、マスクや長袖の服で隠しつつフルタイムで働いていた私。

私にとっては仕事中が一番ゆったりとした時間でした。暴力を受ける心配がないから。

真夏の暑い中始まった夫の暴力。

普通に考えて真夏にマスクをして長袖を着ている(そして、何があっても絶対外さない)私は「変わった人」ですよね。今考えると、みんな普通に仲良くしてくれて良い人たちだったなぁと思います。

 

夏が終わり秋が来て、私の長袖も目立たなくなって冬が来て、12月28日の仕事納めの日。

今日から仕事がしばらく休みか・・・と、家にいる時間が長くなる恐怖を抱えて、暗い気持ちでいたことを覚えています。

みんながバラバラと退社し、いつの間にか上司(女性)と二人だけになりました。私も上司に「良いお年をお迎えください。」と言って帰ろうとしたとき、

 

「ナナナちゃん。ナナナちゃんには何が起きてるの?」

 

と、聞かれたのです。

 

「何が起きているのか。」そう聞かれて、ものすごく動揺しました。とても信頼できる大好きな上司でしたが、何が起きているのか本当の事を言って良いものだろうかと、一瞬固まりました。

このあたりの私の判断も、すっかり「暴力を受けている人の脳みそ」になっていて、暴力を受けていることを必死で隠す(理由は自分でも不明)という考え方が染みついていることがわかります。

私の場合は上司に気がついてもらえてラッキーでしたが、この時点で上司も内容まではわかっていませんでしたし、そう考えるといかに家庭内暴力が表に出にくいかと思います。

暴力をふるう側の思うつぼ。

 

帰宅しようと思っていた私はもう一度自分の椅子に座り直しました。もう一度、「何が起きているか話しなさい。」という上司に、話し始めました。

 

・日常的に夫に暴力を受けていること

(殴られることはもちろん、寝ているときに水をかけられて起こされる、着ている服をびりびりに破かれるなどなど)

・夫の暴力は始まって4ヶ月になること

・時々、子どもたち(11歳・10歳・5歳)にも見られていること

 

と、いったことを手短に話しました。

なぜ、手短にかというと残業をして帰りが遅くなるとそれが原因でまた暴力を振るわれるから。

暴力をふるう人というのは、警察犬並みに「殴るための理由」を嗅ぎまわるんですよね・・・。

なので、本当はじっくり話したかったけど、途中で私がわんわん泣き出したこともあって、とりあえず大まかな概要だけを話しました。

最後までだまって聞いていた上司からは、

「年末年始、命の危険を感じたらすぐに連絡すること」

と、言われました。

 

命の危険?

この時初めて私は、「自分が死ぬかもしれないことに直面している」という事に気がついたんです。

これも「暴力を受けている人の脳みそ」で、感覚がマヒしていたんですね。

殴られる=死ぬかも の式が思いつかなったのです。

 

帰宅が遅くなると殴られる心配が出てくるので深い話は出来ず、この後すぐに帰宅しました。

「命の危険を感じたらすぐに連絡すること」

帰り道は、この言葉が頭をぐるぐる回っていました。

シングルマザーの副業についての悩み

昼間どんなに働いても収入が上がらない。ぢっと手を見る。

 

と、いう石川啄木にようになっているシングルマザーの方は多いと思います。

もちろん、私もその一人でした。

子どもたちが学校に行っている昼間に働く。残業も極力しない。というスタイルで出来れば働きたいですよね。もう一つ仕事を増やせば収入が上がるのはわかっているのですが、その分家事や子育ての時間がなくなってしまいます。

 

そこで、私はずっと「家で出来る副業をしたい!」と考えていました。しかし、考え始めてから実行に移すまで3年くらいはかかったでしょうか。一人で悩んでいるとこんなに時間がかかるんですね・・・。

 

まずは、ハローワークや求人サイト、または求人雑誌で内職などの在宅ワークを探し始めました。

しかし、圧倒的に在宅の求人って少ないんですよね・・・。

たとえあったとしても、電話オペレーターや問い合わせ対応スタッフ。そうなると、結局日中のお仕事になってしまうので、そうなると副業ではなく転職になってしまいます。

 

 

副業をしたいと思う→ネットでいつも決まった求人サイトを調べる→仕事がない→今日はあきらめる→最初に戻る

 

と、いうのを繰り返していました。

 

続きます。

離婚のきっかけ【2】

夫の暴力が始まって三ヶ月。

夫が無職になったことがきっかけで始まった暴力なので、昼間は私が働いて家計を保っていました。なので、日中は暴力を受けることはありません。

問題は、夜。それも、夜中です。

夜中に起こされての暴力は、暴力を受けた肉体的な辛さもありましたが、同時に睡眠不足の辛さもありました。

夫は無職なので、睡眠はいつでも出来たんですよね・・・。

私はというと、マスクをしたり真夏でも長袖の服を着て体や顔の痣を隠しつつ、睡眠不足でフラフラしながら毎日職場に行っていました。

もちろん、夫は家事をすることもなく。

一体、夫は毎日家でなにをしているのだろう。なにもしていないのではないだろうか・・・。と、思うと、怖くて聞けませんでした。

 

この頃は精神的にも肉体的にもダメージが強く、正しい判断が出来なくなっていました。

「夫の暴力は私がいたらないところがたくさんあるからだ・・・。」

と、いう暴力を受けている女性にある、湾曲した考え方しか出来ずにいました。

私は、普段は全然こういう考え方をしないタイプなんです。

どちらかというと、悪いことをしても絶対に自分からは謝らないタイプ(それもどうかも思うけど)なんです。

それなのに、夫の暴力に関してだけは自分のせいだと思っていました。

それだけ、日常的に暴力を受け続けるというのは正しい思考も殺すのだと思います。

まっとうな考え方も出来ないまま、仕事、家事、子育て、夜中の暴言・暴力・・・(暴力の無い日は暴言が必ずありました。)を繰り返す日々を続けていきました。

離婚のきっかけ

離婚のきっかけ。それは離婚した夫婦の数だけ、多種多様にあるでしょう。

理由が多様なのですから、誰が悪くて誰が良いとかそんな単純なことではないのだろうなぁと思います。

 

私の場合は、夫の暴力がきっかけでした。

結婚生活は10年ほどありましたが、暴力があったのは1年だけでした。仕事がうまくいかなくなったことが、暴力のきっかけだったのではないかと思います。

暴力が始まった当初はなんとか元の夫に戻ってほしくて、暴力公正プログラムについて調べたり、一緒にできることを探したりしましたが、なにせ日常的な暴力を受けながらでしたので、だんだんと頑張ろうという気持ちが持てなくなってきました。

 

暴力は1週間から2週間のサイクルで行われ(?)ました。

「これはもう無理かも。」と、思ったのが暴力を受け始めて約半年後。これって、結構早い決断だと思います。

決断した後は、さらに素早い行動で次々と準備を進めました。

今振り返っても、頑張ったなぁと思います。

 

 

 

 

はじめまして。シングルマザーのナナナです。

はじめまして。

調停・裁判を経て、やっと離婚して早4年。シングルマザーのナナナと申します。

子ども3人を育てながらなんとか毎日を過ごしてきましたが、ふと後ろを振り返ってみると、「ずいぶん道を曲がりくねってきたなぁ。」という感じ。

もし、次に離婚をするとしたらもっとうまくできるのに・・・という思いと常々抱えて過ごしてきました。

離婚の準備、仕事、転職、子育てなど私の曲がりくねった(時々寄り道もあり)道について、書き綴っていこうと思います。

私の経験が皆さまの役に立つことが出来たらと思います。